ありがたき日々

すばらしきかなこの世界

幼児英語教育の愚かさ


 

野茂英雄さんがアメリカ野球殿堂入りの候補になっています。今ではメジャーリーグの試合を観戦することが本当に普通の感覚になってしまったけれど、彼からその歴史は始まっているわけで考え直してみてもほんとにすごいことだったんだなと思います。

 

彼はアメリカではリスペクトされています。英語が流暢じゃなくても。さらに学ぼうという姿勢がなくても。なぜなら野球がとってもうまいから。

 

完全保存版野茂英雄1990-2008

完全保存版野茂英雄1990-2008

 

 

幼児期から英語を学ばせようという狂気の沙汰としか思えないような考えを持つ方がおられます。語学というのはただのツール、道具であり、それを用いる人物の中身がともなっていなくては正に「宝の持ち腐れ」なんです。

 

また人間というのは言葉を用いて思考し、自分の内面に深く入っていきます。人生で何か問題にぶち当たった時、言葉を用いて深く思考し、哲学し、解決を図るのです。その自分の中に深く入っていく道具である言葉という「ドリル」が貧弱な場合、どうなるでしょうか。薄っぺらい人間が増産されるだけです。

 

自分の基礎となる言語は一つで十分なんです。英語を幼児期からやらすなら英語のみで思考させる訓練をさせればよい。

 

英語教育の要望というのは産業界からの要望なんでしょうがまさに小金のために魂を売るといったところです。商売のために使う英語は20歳をすぎてからでも十分間に合います。目的意識の問題です。

 

そのような無駄な時間を幼児の感性を鍛えたり、日本語で徹底的に思考させることに使ってほしいと切に願います。

 

ありがとうございます。